人生の目的を思い出すには
とりあえず上の記事を読んでで引っ掛かったのは
3.の自分のしている仕事はすばらしいと信じることかな。
あと16.の他人の人生を生きないように気を付けること。
で、ドグマってなんだろと思って調べたら、独断と偏見的な説や意見ということらしい。世間一般的な意見とか普通はこう思う、とかそういうものか。
気をつけよっと。
でもって直観ってやつをちょいと信じてみましょうかね。
精神的に疲れないようにするには
確かに片づけるのは精神衛生にいいかもしれない。
先延ばしにしないで、まずは1分だけでも片付けてみるのも効果的かなって個人的には実感している。
あと完ぺきを目指さないで、大体7割方できたら良しとする。
これ意外と効果的。
好きな趣味を20分やることで1日をはじめるっていうことは新しい試みかも。
早速明日からやってみようかな。
走る効果
【走ることに対する個人的感想】
まず、走る前と走った後で気分が全然違う!
・すっきりとした爽快感がすごい。
・余計な考えがどこかに消えていく。
・自然と前向きな気持ちになる。
セロトニンの効果かな?
ランニングっていつでもどこでもできるのがなにより良いと思う。
始める前の準備がほとんどいらない。
人間やっぱり走るようにできてるなって走るたびに思う。
ランニングの効果はダイエットだけじゃない、意外な8つの効果とは? | D-SPARK
【5/26追記】
下の記事によると運動によって脳を強くできるらしい。
脳は筋肉と同じで、使えば育つし、使わなければ萎縮してしまうのだそう。
また運動によって爽快な気分になるのは、心臓から血液がさかんに送り出され、脳がベストな状態になるからなのだそうだ。
iTunesで大学の講義が受けられる
知っている人は多いのかもしれないけど、アイチューンズで大学の講義が受けられるって、改めてすごいかもなと思った。
allabout.co.jp基本聴講だけど、それでも日常生活に学ぶ時間を取り入れるきっかけとしては十分な気がする。
あ、まずい。。なんか意識高い系ブログみたくなってきた(笑)
アーモンドの栄養
なんとなく「アーモンド」が気になる。
どうやら所謂スーパーフードらしい。
ビタミン、ミネラルが豊富でカルシウムまで含まれているんだそうだ。
肩コリや冷え性に良いし、ダイエットにもいいとか。
これは食べるしかない、かも。
アーモンドの栄養素:アーモンドの力|アーモンドの基礎知識|ブルーダイヤモンド アーモンド グロワーズ 日本支社
歩く効果
ここ最近なんとなく運動不足気味なので、手軽にはじめられる何かないかなーと思っていたら、まあとりあえずは歩くことが基本かと思い、とりあえず歩いたりしている。
「三日間歩かないでいると鬱になる薬をわざわざ飲んでるのと同じだ!」っていうのを何かで読んだし、仕事してる間ずっとパソコンとにらめっこしてるのも明らかに体に悪いし、気分転換にもなるし、歩くことに抵抗はそれほどないつもりではある。
歩く効果もそれなりにあるみたいだし、
これからも自分なりのペースで歩いていくつもり。
夜のウォーキングでもイイ感じらしい。
従業員という概念
ある日、ネットサーフィンをしていてハッとさせられた文章があったのでここでちょっと引用してみたい。
実を言うと「エンプロイー(従業員)」という概念は近代になって生み出されたもので、時代を超越した社会慣行ではない。強い意志を持つ人間を従順な従業員に変えるために、二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ、それがどれほど成功したかを見ると、マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業化社会の職場が求めるものを満たすためには、人間の習慣や価値観を徹底的につくり変える必要があった。生産物ではなく、時間を売ること、仕事のペースを時計に合わせること、厳密に定められた間隔で食事をし、睡眠をとること、同じ単純作業を一日中際限なく繰り返すこと——これらのどれ一つとして人間の自然な本能ではなかった(もちろん、今もそうではない)。したがって「従業員」という概念が——また、近代経営管理の教義の他のどの概念であれ——永遠の真実というゆるぎないものに根ざしていると思い込むのは危険である。
これを読んだとき、まさに目から鱗が落ちる思いがして。
ある意味でメディアによる洗脳って恐ろしいなと。
メディアリテラシーってすごい大事だよなと、改めて再認識した次第。
ちなみに引用した文章はゲイリーハメル著『経営の未来』163ページに記載されている。
- 作者: ゲイリーハメル
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
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―追記―
上記の本の162ページにも興味深い記述があったので引用。
たとえば、二十一世紀のほとんどの管理職が、経済的に自立していない従順な「従業員」という概念を、企業の営みの揺るぎない土台とみなしているようだが、南北戦争以前のほとんどのアメリカ人にとっては、一生他人のために働くというのは不可解なことであり、耐えがたいことにさえ思えたことだろう。
十九世紀のアメリカは、ロイジャックがいみじくも言ったように「自営業者の国」だった。白人男性の十人に九人が自分で仕事をしており、センサスの分類による「製造業者」は、一般に三人~四人しか雇っていなかった。皮なめし加工所やパン屋や鍛冶屋で働いていた人のほとんどが、いつの日か独立することを夢見ており、多くがやがて実際に独立したものだった。ヨーロッパの経済封建主義から逃れてきた十九世紀アメリカの職人や労働者は、何百万人もの子孫たちがいつの日か恒久的な「賃金奴隷」になることを知ったら、愕然としたことだろう。